2016世界選手権4日目(EV9,8)

2016世界選手権4日目(EV9,8)

4日間という長きに渡って続けられた今大会もいよいよ最終日。そろそろ各選手の顔にも疲れが見えてきます。いつもと同じく午前中に飛行場で遠投種目を行い、お昼ごはんの前にホテルに戻って最後の種目、8種マルチプライヤー正確度種目を行います。

第9種マルチプライヤー両手投げ距離種目

ベイトリールを使うこの種目は、風に翻弄されやすい種目といえるでしょう。追い風前提でセットアップしているリールでは、無風〜向かい風のコンディションでは、トラブルが続出することが多発します。今回の予選は丁度そのような状況でした。加えてレーザー計測器のトラブルから待ち時間が多かった今種目の予選。2投目の途中から、それまでは無風〜弱い向かい風からいきなり追い風に代わり、後半に投擲した選手の記録が急に伸びはじめました。90m後半が決勝へのボーダーラインだったものが、いきなり100m台に急伸! もともとこの種目を得意とするスペイン勢が決勝進出8名中3名を揃えてきました。続いたのがポーランドと日本。それぞれが2名ずつ選手を送り込み、残る一枠はスイスのMarkusとなりました。チェコチーム、ドイツチームの姿はここにはありません。cimg9425
決勝に残ったスペイン勢の中で、この種目をもっとも得意としているのが、JordiとVicent。彼らがこの種目にかける熱意は半端なく、使うリールにもいろいろと改造をしているようです。そのチューンの精度は、我々日本人のそれと変わりません。逆に「そこまでするか!」という部分までいじっているようです。見かけによらず細かい仕事をしています。そして一部の日本人選手のように、種目を絞って出場してきています。Jordiも前日までの、正確度種目の後に周りに言って回っていた「ん?的当ての点数?関係ないね。だって旅行者だからさ、アッハッハ」なんて言葉がどこに行ったのか、顔つきが違っています。周りが抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り返している中、頭一つ抜きん出たところにプラグを飛ばしていたことは間違いありません。金メダルを獲得したJordiは仕方がないとしても、銀メダルをかけたVicentと加登選手のデッドヒートは白熱していました。投てき側でアナウンスされていたスピーカーからの声は、土曜日とあってスカイダイバーを上空に運ぶために飛び交うセスナのエンジン音でかき消され、聞き取れないことも多々あり、どちらが飛ばしているのか、今アナウンスがあった記録は誰が投げたものなのか、がわからない状況が続きました。

コートの右と左に別れて落ちたそれぞれの記録は、ほんの25cm差でVicentに軍配が上がりました。とはいえ加登選手、堂々の3位入賞です。cimg9393
女子選手ではこの種目を得意とするドイツのSabrinaが、男子の記録に肉薄する99m79cmで金メダル。参加選手が少ないこともありますが、この種目で決勝に残った新しい顔ぶれでは、チェコのZuzana、ドイツのJanet が印象的でした。

第8種マルチプライヤー正確度種目cimg9386

いよいよ最後の種目、8種マルチプライヤー正確度種目。90点で決勝に残れたこの種目にも、残念ながら日本人ファイナリストの顔はありませんでした。7種総合までで8・9種に参加しない選手が多いことからも、また日本ではメジャーなベイトキャスティングリールの釣りが、欧州ではあまり盛んではないこと等から、日本人に有利な種目であるとも言えるこの種目ですが、今回はヨーロッパのベテラン勢に先を行かれてしまいました。
「ボールが止まって見える」と、自らのバッティングについて語ったのは、野球の神様、川上哲治。今で言うところの「ゾーンに入った状態」のことを、そのように表現したのでしょう。キャスティングもスポーツです。今大会でも同じように『ゾーンに入った』キャスティングを大会期間中に何度も目にしました。ポーランドのPawelの金メダル3つは、正にその状態の賜物でしょう。スペインのJordiの9種でも同じことがあったのでしょう。しかし、自らを極限まで高めて「ゾーンに入った状態をキープしながら」攻めて攻めて勝ち取ったのは、4種金メダリスト、クロアチアのBruno Brovet、そして8種の決勝で金メダルを自ら奪い取りに行ったスイスのMarkus Klauslerの2人に他なりません。特にMarkusの「ゾーン」は投てき前から周りに放つオーラの出方が尋常ではありませんでした。自分のコートに入ってスタートを待っている間のちょっとした時間、集中力を高めている状態が遠くから視ていてもわかりました。そして軽くコートを一巡しているときも、とにかく外さない、外すわけがない、という気迫が伝わってくるのです。
決勝戦が始まりました。順調に飛ばしていくMarkus。ギア比を変えていないほぼ無改造のリールでテンポよく投げていきます。的ごとに角度を変えて狙いを定めて、なんてことはしていません。言うなれば、当てては巻いて当てては巻いて、のリズムを崩すこと無く投げすすめていく、というところでしょうか。見ていて気持ちいいくらい順調に当てていきます。5番ターゲットで折り返したときにも早足で1番に戻ります。外すわけがない、当然のように1番も連続ヒット。2番、3番と続くうちに、観客席にも緊張が高まってきます。「こんな早いペースで投げていて大丈夫なのか」と。他の選手を見ていた人は「Markus、外してない!? このまま行くか?」と息を呑みます。4番をクリアして5番、最初のターゲットを当てて最後の投てき。外すわけがない。当たった瞬間のガッツポーズの嬉しさは計り知れません。ip-004

タイムは2分23秒。タイム差では1秒早かったチェコのJan Bomberaは4つ外した80点。今ひとつこの種目ではゾーンに入ることができなかったのかもしれない。彼は違う次元で今大会を捉えていたのだとすると、それも仕方がないでしょう。最後の最後まで高次元で「ゾーン」を保つことなど、簡単なことではないのだから。
8種の女子決勝でも悲喜こもごもがありました。2つ外しの90点を2分34秒で投げ終えたポーランドのMagdalena Kuzaは、20投を終えた直後に芝生の上に仰向けで崩れ落ち…。ip-106

早打ちで攻めたにも関わらず、自力での勝利はなくなった瞬間でした。追うはドイツのNathali、チェコのKaterina。特にKaterinaは予選では95点を出していることから、順当に行けば、と誰もが思うでしょう。それを知ってか知らずか、予選のときよりも慎重に投げていたKaterinaが投げ終えたのは、およそ4分後の6分38秒。得点は、Magdaと同じく2つ外しての90点。3分28秒で同じく90点に終わったドイツのNathaliに続く銅メダル。

自身のメダルの色を確認したMagdaのところに、祝福のハグや握手を求める選手たちが駆け寄るものの、なんとも微妙な表情で応えていたのが印象的でした。ip-005

こうして全ての大会プログラムを終了した選手たちは、ランチの後に控えた最後の表彰式に向けて帰路についた。しかし、まだ大会を終えていない、むしろこれからが本番でもあるスタッフたちがいたことを忘れてはいけません。
まず、表彰式までに成績を集計しなければいけない役割を請け負うドイツのMaik Schmidt。彼のPC業務のお陰で、迅速に結果が集計されて、発表されるのだ。選手たちが一息入れているランチタイムにも彼の仕事は続いていた。彼の仕事は大会期間中ずっと、競技が終わる度に膨大な数の集計シートが彼のもとに集まり、判読困難な数字と格闘しながらの作業が続いていたのでした。ありがとう、Maik。心から感謝申し上げます。wc2016-00005
そして、Maikと同じく裏方として献身的に運営をサポートしてくれていたのが、ポーランドから陸路2300kmを2日かけて移動してきて、全てのコート設営を請け負ってくれていたポーランドのコートビルダーチーム。その先頭となって動いてくださっていたのは、ICSFのDionizy副会長。誰よりも早くホテルを出発して、選手が自分の道具を片付け終わった後に始まるコート撤収に勤しみ、常に献身的に動いている姿には感謝の気持ち以外の言葉が見つかりません。本当にありがとうございました。